music diary


classical
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ゲルネとブレンデルによる、シューベルトの「冬の旅」 (2013/06/01)

シューベルト:冬の旅シューベルト:冬の旅
(2004/03/24)
ゲルネ(マティアス)

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Amazonにレビューを書いたので、紹介しておきます。
ライナーノートにも書いてあるけど、
ブレンデルの70歳の記念コンサートの共演者として指名を受けての共演である。

ゲルネによると

「ちょっとでも自分に自信がなかったり、迷いがあると、途端にブレンデルに食われてしまいます。自己の完成した歌を確立していないと、ぎりぎりのお互いの接点を見出すことは出来ないのです」

ということらしい。

そうだろうと思う。

聴けばわかるが、非常にピアノが伴奏の地位に甘んじず、対等な共演者として雄弁に物語る。
そういう演奏だ。


冬の旅が好きなら、聴いて損はないと思う。, 2013/6/1
By ざらすとろ


レビュー対象商品: シューベルト:冬の旅 (CD)

こんなに素晴らしい演奏なのに、今ひとつ評価が低いことに驚いている!!
ブレンデルの演奏は、テンポの捉え方といい、曲想の把握力がやはり半端じゃない。
ゲルネの歌唱も非常に洞察力が深く、ブレンデルとの呼吸は絶妙だと思う。
冒頭のからして、よくブレンデルのテンポの揺らぎを掴んでいる。
何気に本当に難しいことをやっている。
ピアノ伴奏ではなく、ピアノは対等な共演者なのだ。

普通は後半になれば、誰でも疲れは出てくるものだが、
後半になるほど、その洞察力が冴えている。

今まで様々な歌手やピアニストがこの曲に挑戦し続けてきた。
確実に今後も聴かれ続ける演奏だと思う。




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トスカニーニとフィルハーモニア管弦楽団のブラームス交響曲全集 (2013/05/31)

ブラームス:交響曲全集ブラームス:交響曲全集
(2000/05/24)
フィルハーモニア管弦楽団

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やっぱりこういう演奏を聴くと唸る…

実はトスカニーニは苦手ではあったのだが、実はそのことは録音によるものが非常に大きい。
というのも、プレスがあまりにもたくさん出しすぎて、再発に再発を重ねた結果、
マスターテープが劣化してしまっていたということが大きい。
その証拠にxrcd2シリーズから出ているトスカニーニの録音は、
トスカニーニの録音でみられる、ー一本調子で、
ヒステリックでさえあるフォルティッシモなどということはなく、
決して、一本調子なマッチョなだけの演奏じゃない。

メトロノーム云々というのは嘘だというのがわかる。
まず何よりも歌があって、フレージングはよく伸縮している。

どれだけトスカニーニという指揮者が凄い音楽をやっていたのか、その一端が伺える。

いい音質でトスカニーニの演奏を聴く機会が少なかったことは、
日本での受容において大変不幸なことだったと思う。

ずっとお蔵入りになっていたフィルハーモニアとのブラームスは、録音状態も悪くなく、
こういう演奏をやっていたのだと、よくわかる。


この人の音楽的な基盤は19世紀のイタリアの劇場で培われた感性なのではないか?

本人は楽譜に忠実だとか、そういうことばかり逸話に残っていて、
トスカニーニ自身、自分の演奏をそう考えていたのだけど、どうも違うんじゃないだろうか?


彼に比べたら以外に思うかもしれないが、
フルトヴェングラーの生育環境はドイツの教養人そのものであり、
そこには現代人の抱えている問題と共通したところはあった。

彼は危機の時代を生きた人間であり、彼の演奏の中にはギリシャ悲劇を
彷彿とさせる人間の悲劇性と崇高さがあって、おそらくは彼の父親の影響というのは大きいだろうし、
教育環境も音楽家という以上に教養人としての教育であった。


トスカニーニは、ずっとあっけらかんとしている。
彼は音楽家として完結して生きることができた世代なのだ。
フルトヴェングラーはそうは生きることができなかったし、
それを許してもらうことはできなかった。


以外かもしれないが、実はトスカニーニの産まれた年は1867年、
一方、フルトヴェングラーは1886年。

19年の世代の違いもたらしている意識の違いは大きい。


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Wilhelm Furtwängler the complete RIAS recordings (2013/05/26)


フルトヴェングラー・コンプリート RIAS レコーディングズ (Wilhelm Furtwangler - The Complete RIAS Recordings) [12CDs + Bonus CD]フルトヴェングラー・コンプリート RIAS レコーディングズ (Wilhelm Furtwangler - The Complete RIAS Recordings) [12CDs + Bonus CD]
(2009/05/25)
Various Artists

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RIASにあるテープから起こしているのだけど、今まで出回っていたものとは違い、
実は元のテープは非常に音が良かったのだ!!!

あんなにまで戦争でボロボロにされたのに、ドイツの技術力の高さも伺える。
今まで、フルトヴェングラーの演奏に関して、誤解されてきた部分というのがあって、
主観的で恣意的な演奏だとか、晩年の演奏は疲れが出ているとか、急激なアチェレランドとか、
そういうのが嘘なんだなというのが、今回の録音を聴くとよく分かる。

チェリビダッケがどういう所でフルトヴェングラーに影響を受けているのか、よく分かる。
解像度が上がったため、今まで聴こえてこなかった細部のディティールが掴めることで、
部分と全体との関係性の見通しが極めて明確に聴き取れる。

フルトヴェングラーが死んで、このあと、何十年も経過し、
今、クラシック音楽は欧米では廃れようとしている。

人間という概念が自明でも何でもない、
芸術そのものが死に絶えようとしているこの世界で、
最後まで人としての尊厳を守り抜いた音楽家の証言に、暫し、耳を傾けようではないか!!






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井上 頼豊 チェロ・コンサート (2013/03/31)


井上 頼豊「チェロ・コンサート」井上 頼豊「チェロ・コンサート」

井上 頼豊、村上 弦一郎

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滋味溢れるというのは、こういう演奏をいうのだろう…
どこにも派手さはないが、音楽に寄り添ように、慈しんでいる…

こういう演奏を前にすると、最近の J classic など、
一体、何をやってるのだろうか?







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また一人、本当の音楽を奏でる人が居なくなった・・・・ (2011/11/15)
長岡純子が亡くなった・・・・。彼女には是非、ベートーヴェンのソナタを
全曲録音して欲しかったのだけれども、
とうとう叶わぬ夢となってしまった・・・・



残したCDはたったの数枚。

ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ第23番 「熱情」ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ第23番 「熱情」
(1996/10/21)
長岡純子

商品詳細を見る




昔、彼女が弾くベートーヴェンの後期のソナタを浜離宮朝日ホールで聴いた事がある。
ここには本当のベートーヴェンがあった・・・・。
何一つとして小細工も、何も無い。ベートーヴェンの声だけがそこにあった・・・。

日本ではごく一部の人を除いては、全く知られていなかった。
知名度と実力が全く関係無いという典型的なケースだ。

どこかに彼女の音源が無いものか、探していた。
調べてみるとリサイタルの動画があった。

http://www.twitvid.com/ZNEXA

この演奏については、もはや言葉さえ無い・・・・。
是非聴きに行きたかった・・・・。


生前は残念な事に知る人ぞ知る存在であり続けてたのだけど、
是非、彼女のライヴなどの演奏を誰か出して欲しい!!!


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武久源造によるバッハのシャコンヌ (2011/06/08)
本当の音楽家がいる。武久源造。
バッハのシャコンヌを彼自身の手で編曲したもの。

ブゾーニによるピアノ編曲とブラームスによる左手の為の編曲がよく知られているが、
この編曲も本当に素晴らしい!!!

http://www.youtube.com/watch?v=l_uI4euht-o



バッハのシャコンヌは、愛するものの死、喪失、失意、絶望を乗り越えて、
人が生きて、笑って、怒って、悲しんで、泣いて、やがて死んでいくこと、
そういう有限である人間が、神とともにあり、神に活かされていることに
感謝し、その神秘と天に召されたものたちの冥福を深い悲しみとともに願う音楽。


おもえば私の父が死んだ知らせが届いた日、偶然にレコード屋さんで買った
レコードがブゾーニ自身の演奏によるシャコンヌだった。
レコード屋から家に帰ったら、死んだという知らせが電報で届いていた。

そういえば、丸山眞男の葬儀の時にも、バッハのシャコンヌが演奏されたらしい。

これは偶然なのだろうか?



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本厚木のtahara、来年の一月いっぱいで閉店することについて。 (2010/12/30)
「いきものがたり」に非常にゆかりが深い
本厚木のTaharaが店じまいしてしまいます。

http://taharahr.blog94.fc2.com/blog-entry-197.html

私はクラシックなので、「いきものがたり」はよく知らないけど、
いろいろとCDを買ったりしていたので非常に寂しい思いがする・・・。
地元じゃないと関係のない話かもしれない。
しかしこのような事は、都心をも含む日本中で起きている現象である。
これは日本中で起きている精神荒廃の一端なのだ。

あなたが住んでいる町並みを良く見渡して欲しい。
町並みとはそこに住んでいる人々の精神の反映なのだ。

我々の暮らしがどのようなものになろうとしているのだろうか?

世の中は不況だとか、景気が悪いとか、そういう話ばかり。
しかし本当に深刻な問題は不景気ではない!!!

本当のことを言うと、景気が悪くても「人の暮らし」さえあれば何とかなる。
しかし今不景気という事で起きている事は、仕事が無いとか、食っていけないとか、経済格差とかそういう脅威を多く語られがちだ。しかし本当はある問題から派生したことに過ぎない。

「人の暮らし」を支えている社会関係そのものが、巨大な経済活動によって呑み込まれ、滅ぼされようとしていることが原因なのではないのか?

なるほど確かにamazonで買った方が便利だ。そこいらの本屋なんかと比較にならない在庫量、優れた検索エンジン、はっきり言って本屋で注文するよりずっと早い。しかし、そこには人と人が社会関係を構築する契機が無い。かつてはものを売買する関係の中に「人」という存在がいたのだ。

しかしそういうものを買ったり売ったりする関係に、「人」が関与することは、これから少なくなっていくだろう。飲食店でもどんどん店員の対応はマニュアル化されていくようになるし、どこの誰がというような事は問われない。

どうすれば、我々は「人の暮らし」を取り戻す事が出来るのであろうか?
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カッサンドル工房の傑作  (2010/06/02)

マルケヴィッチの演奏もさることながら、
カッサンドル工房のジャケットデザインには舌を巻きます。

音楽の演奏がどういう素晴らしいものであるのか、
このジャケットを見ただけで分かってしまう。

CDと違い、レコードを手に取ったときの充実感が違います。

CDになってからというもの、これほど音楽を聴くことが安易になった時代は、
未だかつて無かったのではないでしょうか?


  P4021223.jpg


ちなみにレーベルはこちら。

  P4021235.jpg    P4021228.jpg



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日大は今後一切、研究、教育機関を自称するべきではない。文化財は金がかかるから焼き討ちにするそうです。 (2010/02/15)
http://www.asahi.com/showbiz/music/TKY200902080049.html

カザルスホールを壊して更地にするのだそうな。
日大は今後一切、研究、教育機関を自称するべきではない。

友人と話をしていて、その友人は全く分かっていなかったけど、
これは金の問題じゃなく、学術機関としての職業倫理の話なのだ。

大学を自称しているのだから学者をたくさん抱えている。
だったら言論でご飯を食べている職業の倫理として筋を通さなければならない局面はあるはずだ。
そもそも職業学者の集まりが、将来,確実に文化財になる建物を壊すというのだ。
金がかかる壊すというぐらいならどうして主婦の友社から買ったのか?
運営とは関係ないというのは言い訳にならない。

金がない?
有効利用?

だったら、いっそ,正倉院も法隆寺も金がかかるから焼き討ちにしちまえ!!
ああいうのを維持するのってすごくお金がかかるのだから。
文化庁なんか解体しちまえよ。
日大とやらの自称学者どもは正倉院を焼き討ちにすることに賛成なんだろう。
そういわないと筋が通らないし、
ダブルスタンダードになる。

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モーツァルトの地獄 (2009/09/26)
モーツァルト:ピアノ協奏曲第22番、交響曲第40番 エリック・ハイドシェック(P)、ヘルベルトー・ケーゲル指揮ライプツィヒ放送交響楽団(MDR交響楽団)モーツァルト:ピアノ協奏曲第22番、交響曲第40番 エリック・ハイドシェック(P)、ヘルベルトー・ケーゲル指揮ライプツィヒ放送交響楽団(MDR交響楽団)
(2009/02/04)
モーツァルト、

詳細を見る


モーツァルトというと、癒しの音楽であり貴族のための心地よい音楽というのが、
人口に膾炙されたモーツァルトの音楽に対する大衆のイメージであるらしい。

当時、モーツァルトがイタリア人で無いがゆえに事にどれほど差別され、世渡りが下手なばっかりにどれほど苦しんだか、さらにいえば斬新な試みをするものだから全く聴衆は付いていく事が出来なかったとか、書いていたらきりがないほどの生きる事の哀しみを背負っていた。

そういう事は全く関係なく、そんな事にお構い無しで、癒しのモーツァルトとか、そういう語られ方をしてしまう。
本当にクラシック音楽を心から愛する人間がその事を深く悲しんでいようとなんだろうと、
消費財としてモーツァルトの音楽はBGMとして消費されている。
モーツァルトの交響曲第40番の有名な冒頭など、その最たるものだ。

しかしモーツァルト同様に死に取り憑かれてしまっていたケーゲルという指揮者は、モーツァルトの作品に内在する生きていく事の深い悲しみと苦悩を、この曲を録音した他のどんな指揮者よりも理解し、共感し、共に生きたのではないか?
そんな想像をさせてしまうほど、晩年のモーツァルトのシリアスな書法を見事なまでに抉り出してしまう。

同様にハイドシェックとの協奏曲に於いても決して甘くならない。
ここには赤いチョッキを着たモーツァルトではなく、地獄を背負った死を背負い続けたモーツァルトの真実の姿がある。

                                                               
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Ervin Nyiregyhaziを聴かずして、リストを語るなかれ!! (2009/06/01)


Ervin Nyiregyhazi in PerformanceErvin Nyiregyhazi in Performance
(2007/12/11)
Johannes Brahms、

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まさに恐るべき演奏。
ニレジハジを聴かずして、リストを語るなかれ!!

数多くの演奏家がリストの作品を、大仰なだけの想像力の貧困な作品であると勘違いしている。
更にいえばリスト作品の持つ想像力を表現できる“技術”を、今のピアニストの殆どが持ち合わせていないため、リストの作品は不当に低く評価されてしまっている。

リストの弟子が口を揃えて、ニレジハジの演奏をリストにそっくりだと証言してようと、
シェーンベルグを驚愕させようと、実際は乞食にまで落ちぶれてしまい、


かつてのニレジハジの演奏を知るピアノ演奏に詳しい奇特な人が、彼の演奏を再発見しなかったら、
確実に忘却され埋もれたままであった。

彼の録音のすべてと言うと、せいぜい、ごく若い頃の僅かのピアノロール録音、
それとほんの僅かな映画でのお仕事と、晩年の僅かな録音と高崎でのライヴぐらい。
時代の流れに取り残されてしまったがゆえに、その実力に全く似合わないほど不遇であった。

このアルバムにはリスト以外の演奏も入っていますが、何よりも想像力の豊かさ、溢れるほどの詩情、
今ではすっかり失われてしまった音楽にとって最も大事なものを教えてくれる。

素晴らしい演奏ばかりです!!


ちなみにニレジハジについて詳しく紹介しているサイトです。

Ervin Nyiregyhazi  page

http://www.fugue.us/Nyiregyhazi_top.html
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Fabio Biondi (2009/02/08)
Vivaldi: Il cimento dell'armonia e dell'inventioneVivaldi: Il cimento dell'armonia e dell'inventione
(2001/06/06)
Antonio Vivaldi、

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古楽という音楽が必ずしも博物館行きの音楽を復元したものではなく、今を生きる人間の感性に基づいた音楽表現であるということが、肌身で感じ取れる1枚。

そういえば、バロックというのは歪な真珠という意味でしたっけ・・・。

ヴィヴァルディは、こんなにもポップでアヴァンギャルドな音楽を書いていたのか目から鱗です。クラシックなんて・・・とバカにするリスナーは火傷しますのでご注意を・・・・

イ・ムジチやパイヤールの演奏もヴィヴァルディだし、ビオンディもヴィヴァルディなのだ・・・・。


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原典主義によって失われたものを取り戻す (2009/01/25)
バッハ/イタリア協奏曲&フランス風序曲バッハ/イタリア協奏曲&フランス風序曲
(2008/01/24)
西山まりえ

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弧を描くようなフレーズ、テンポの揺らぎ、それらはあたかも19世紀の演奏スタイルによく似ているところがあります。たしかに賛否両論いろいろあると思います。インテンポこそが正しいと信じている人間からすれば信じられない演奏に聞えるのかも知れません。

でも、私としてはこういう演奏を許す度量が無い事が、今のクラシック音楽を無味乾燥で退屈なものにしているという事だけは指摘しておきたいと思います。

我々は幸運にも19世紀の演奏スタイルを継承していた先人たちの演奏を録音を通して知る事が出来ます。リスト自身の演奏を聴く事は出来ないが、リストの弟子までは実際の音源で確かめる事が出来ます。
彼らの演奏を聴いたら、人によったら気紛れなテンポを選択しているように感じられるかも知れない。しかし、これは決して気紛れでも何でもなく、良く考えられた上でのルバートです。
むしろ楽譜に書かれた通りの揺らぎが無い弾き方で彼らは満足なんかしなかった。
なぜなら彼らは楽譜というものがいかに不完全極まりないものかを、よく知っていたから。テンポを揺らし楽譜に無い音さえ足す。それらはすべて音楽を伝えるためのものであり、そのためであれば、ありとあらゆる努力を惜しまなかった。

西山まりえの演奏は原典主義によって失われたものを取り戻そうとしている。バロック時代やそれ以前の中世やルネッサンス時代の音楽と取り組んできて発見した事が多いに活かされているのではないかと思います。








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鳥の歌 (2008/12/25)
今日はクリスマス。
ナザレの大工の子が産まれた日と言われています。
パウ・カサルスが愛奏していた鳥の歌は、実はカタロニア地方のクリスマス・キャロルです。
イエスが産まれた時、小鳥達がキリストが産まれたことを祝う曲であるはずなのに、どうして短調なのか、悲痛な響きなのか?
なぜならイエスが産まれたということの意味を小鳥達は知っているから。
イエスがすべての人間の罪を背負う為に十字架に架けられてしまう運命にあることを小鳥達は知っている。マリアもヨゼフも、そのことを誰も知らない・・・。
だからあんなにも悲痛なのだ。
これは葬送の歌であり、弔いの歌でもある。
国連でカサルスが他でも無いこの曲を演奏した。
何という皮肉だろう!!
世界の何処に平和があるというのか?
演奏の前のスピーチでカサルスは「カタロニアの小鳥達はpeace!! peace!! peace!!と啼きます。」と声を振り絞るように悲痛に訴えた。
小鳥達の声を聴け!!

http://jp.youtube.com/watch?v=rt9iz3xApVg&feature=related
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インドから帰国 (2008/12/05)
12月1日、ようやく帰国しました。
しかし熱を出して寝込んでしまいました。
多分風邪だと思います。
流石に38度の熱が続くと辛いものがあります。
今は少し落ち着いていますが、解熱剤で抑え込んでいます。
それにしても、インドに行って本当に良かった!!
今度は一ヶ月といわず、半年、一年はインドに住みたい!!

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お知らせ (2008/10/29)
11月1日から一ヶ月間、インドに行くので、
連絡が取れなくなります。

ですので、メールなどの返事が大幅に遅れますので
ご了承の程、宜しくお願い致します。

もし現地でネットカフェなどがあり、
連絡可能な状況に有るのであれば、
極力、返事を出すように致します。

宜しくお願い致します。


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凶暴につき、危険・・・・ (2008/10/14)

Iannis Xenakis 1 : Chamber Music 1955-1990Iannis Xenakis 1 : Chamber Music 1955-1990
(1993/09/24)
Rohan de Saram、

詳細を見る



どれも凶暴で危険な曲ばかりです!!

実演をアルデッティSQという、現代音楽ばっかり演奏する
これまた凶暴で、危険なカルテットで聴いた事があります。

あれは素晴らしい体験でした!!
アンコールのウェーベルンも凄かった・・・

芸術はリラクゼーションだの、癒しだの、そういうクダラナイ俗物どもを
地獄の底に叩きのめす破壊力があります。
芸術はこうでなくてはいけません!!

なによりもテトラスの破壊力は、もはや弦楽四重奏という分野で求められる
奏法を根底からひっくり返してしまった・・・。



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ウィーンの粋とは、あえて地獄と凄惨さを語ろうとしない事なのだ。 (2008/10/11)
シュトラウス・コンサートシュトラウス・コンサート
(2007/05/23)
クリップス(ヨーゼフ)ギューデン(ヒルデ)

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この先、人間には未来が無いのかも知れない。
G8の会議とやらが、今の山積みの問題を解決するために
行われていると信じているのは、よほどなお人好しか大バカだ。

私自身、テロをもはや否定しない。
国家が社会契約を無視するのであれば、
我々は政府を転覆するだけの事だ。

おそらく日本でも暴力が多発するようになるだろうし、
なによりも食料と水の争いが絶えなくなる。

地獄のような、いや地獄そのものの世界で
私はヨーゼフ・クリップスのウィンナ・ワルツを聴いている。
それにしても、何と悲しい音楽なのか!!
ここにあるのは諦めだ。

ギューデンが歌っている。何と切ない音楽なのか?
あまりにも美しい・・・・。
そんな世界など本当は何処にも無い事を知っている。
この今生きている世界がどうしようも無い地獄の
ような悲惨な所なのだということを、彼らは良く知っているのだ。

だから音楽は美しいものでなければならない・・・。
ウィーンの粋とは、あえて地獄と凄惨さを語ろうとしない事なのだ。

ウィーンで育まれた音楽には、この悲しみと諦めが常に付きまとってはいなかったか?
そういえばモーツァルトもそうだったし、
シューベルトもそうだった。
そしてクリップスの演奏もそのように演奏していた・・・

南国の薔薇の何ともいえない寂しさはいかばかりであろう
遠く遥かな南の国への憧憬、そして諦め・・・

この曲と「シトロンの花咲く所」を聴くと、薄幸の少女、ミニョンの
「君よ知るや南の国」がよぎるのは気のせいだろうか?


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薔薇を忘れて、棘を語るような演奏をするべきではありません (2008/06/05)

Bach: Sei Solo a Violin senza Basso accompagnate - IBach: Sei Solo a Violin senza Basso accompagnate - I
(2005/11/08)
不明

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Bach: Sei Solo a Violino senza Basso accompagnato - IIBach: Sei Solo a Violino senza Basso accompagnato - II
(2006/05/09)
不明

詳細を見る




昨日、エレーヌ・シュミットさんのリサイタルを聴きに行ってきました。
ソロでの来日は初めてなのだそうです。

バッハの無伴奏を2夜にわたって演奏するという、
演奏家にとっては、演奏家の世界観、人生観が問われてしまう
危険極まりないプログラムです。

私は第2夜しかいけなかったけど、
なかでもシャコンヌが素晴らしい演奏だった!!

残響が空間に溶け込む時の意味深さをどう喩えればいいのだろうか?

一台のヴァイオリンだというのに、様々な声部が対話をするかのように
紡ぎ出されている。あたかもバッハの家でバッハと話しているような、
そういう等身大の感覚がある。
かつての巨匠の演奏のようにバッハを神として下から仰ぎ見る感覚ではなく、
何処かの部屋でしみじみバッハの話に耳を傾けるような、そういう感じなのだ。

古楽奏法というものが何を求めようとしていたのか?
アーノンクールの音楽による対話というものがどういう事なのか?

かつてアーノルド・ドルメッチによってクラヴィコードという、
尤も音量が出せない楽器から表現しようとした事が、
このような薔薇となって咲いている!!


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グルジェフのピアノ曲 (2008/03/02)
The Complete Piano Music of Georges I. Gurdjieff and Thomas de Hartmann, Vol. 1The Complete Piano Music of Georges I. Gurdjieff and Thomas de Hartmann, Vol. 1
(1992/11/03)


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ここで取上げようか迷ったけど、面白いので取上げる事にします。

グルジェフなんか、おそらく精神世界とかに興味のない人は
知らないと思います。


一言で言えば、
悪口になってしまうかも知れませんが、

麻原ソングの元祖とも言えるべき曲集です。

でもこっちのほうが音楽として優れているし、聴いているとヤバイです。


どうでも良い事ですが、麻原ソングはこの点において失格です。
あれは信者でない人間は笑っちゃうもの。


別にグルジェフの教えにシンパシーもなにも無いけど、
なんか聴いていて深みに嵌まってしまう・・・
別の世界に連れていかれるような、
そういう怪しいオーラを出しまくっています。

シューマンを真似ようとして失敗したような書法を用いて、
初期のサティと、スクリャービンを足して、
さらに陰気くさくした雰囲気を醸しています。

それでいてチェリビダッケのブルックナーを更にカルトに
したような雰囲気がたまりません!!

そういえば、キース・ジャレットが取上げているようですね?




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マイナルディの無伴奏 (2008/02/26)

バッハ:無伴奏チェロ組曲(全曲)バッハ:無伴奏チェロ組曲(全曲)
(2007/05/23)
マイナルディ(エンリコ)

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カザルスと並ぶ、バッハの無伴奏チェロ組曲の金字塔。

カザルスは世界の中心から、音楽が迸っている感じだけれども、
マイナルディの演奏は音楽が空間に厳粛にそびえているような感じ。
この感覚はちょっと独特だ・・・。




ゴツゴツしていて無骨なぐらいだ。
洗練とは全く程遠い。

6番のサラバンドを聴け!!!
ここには心からの祈りしか、ない。

最晩年、ミケランジェロが最期の命を燃やして
取り組んだロンダニーニのピエタのように、
すべての芸術は未完成なものであって、
永遠に完成などありえないのではないか?
それでも完成に迫ろうとする・・・
それはそうせずにはいられないからだ。



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井上 喜惟 (2008/02/26)



ベートーヴェン:交響曲第3番変ホ長調「英雄」 ほか ベートーヴェン:交響曲第3番変ホ長調「英雄」 ほか
井上喜惟 (2005/07/27)
ALTUS

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昔、秦野交響楽団を振りに来た事があって、

その時に確か、ラヴェルの古代のメヌエットと、
ビゼーのアルルの女で、

後半がメンデルスゾーンのスコッチだッたと思います。

あの秦響からよく人間の声のような、
本当のオーケストラの響きを奏でていた・・・・
つくづくこの人は凄いと思いました!!!

今どき、ヨーロッパでもこういう響きをオケから
惹き出せる人は殆どいなくなってしまいました・・・・




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今年のニューイヤーについて (2008/01/02)
ニューイヤー・コンサート2008 ニューイヤー・コンサート2008
プレートル(ジョルジュ) (2008/01/30)
UNIVERSAL CLASSICS(P)(M)

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今年のニューイヤーの演奏は素晴らしかった!!
というより滅びゆく音楽の挽歌のようにも感じられた。
おそらく、プレートルはこういうフランスのエスプリを
身体で会得している最後の生き残りであり、証人です。

滅びゆくウィーンの粋と、パリの粋とが、
一期一会の出会いを果たしたのだ!!

ヨーロッパの古くからの都市で育まれ洗練された音楽文化は、
原典主義のベースに在る音楽の数量化と、経済活動のグローバル化によって
今後、崩壊していくのは目に見えている。

おそらく、今年のニューイヤーコンサートの記録は、
シュランメルンやシャンソンを支えているような
外国人からは分りにくい文化を前提にした音楽が成り立った、
最期の記録になるかも知れない。

同時に19世紀のシュトラウス作品が、実は他の地域の音楽を消化吸収しながらも、逆にウィーン以外の都市での舞踏会、音楽文化に大きな痕跡を残していることが実感出来るプログラムでもあった。

この事の意味はとてつもなく、重く、大きいと思う。


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Youra Guller joue Chopin (2007/12/14)
Plays Chopin Youra Guller joue Chopin
Fryderyk Franciszek Chopin
Tahra

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待ちに待っていた、待望のCDがやっとAmazonから届きました!!
ショパンとはこういう音楽なのだ・・・

ギュラーの録音が他にも発掘される事を切に希望したいです!!
おそらく何処かの放送局に眠っている筈です・・・。


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Willem Mengelberg (2007/10/31)
Bach: St. Matthew Passion Bach: St. Matthew Passion
Hermann Schey、 他 (2004/05/18)
Naxos

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歴史の記録というけれど
それらの殆どは残酷で痛々しい・・・・。

昔、豊住 芳三郎さんの娘さんとお話をする機会がありました。

その時に出た話しですが、豊住さんの自宅に
ミッシャ・メンゲルベルグが遊びに来ていたらしい。

彼女がミッシャ・メンゲルベルグから聞いた話によると、
自分の親戚にユダヤ人がいて、
親がレジスタンス運動なんかにも関わっていて、
子どものころ逃げ回っていたのだそうです。

この事はメンゲルベルグがナチスの協力者であったなどという
単純な話ではないことを証明しています。

この証言が意味する事は、まずナチスの協力者どころか、おそらくウィレムは親戚をかばっていた可能性があるということ。
そしてメンゲルベルク自身、極めて政治的に微妙な立場に立たされていたという事を物語っています。

戦前も酷い目に遭い、戦後も指揮活動さえ出来なかった・・・・


ナチスがオランダに攻め込んでくる1ヶ月前、
どんな気持でマタイを演奏していたのだろうか?
実際に啜り泣く声が記録されている。

ペテロの深い後悔と、目の前に迫るヨーロッパの崩壊とが交差する・・・。

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Ernst Haefliger singt japanische lieder (2007/08/26)
日本の歌曲を歌う(ドイツ語訳に 日本の歌曲を歌う(ドイツ語訳に
ヘフリガー(エルンスト) (1992/10/28)
EMIミュージック・ジャパン
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日本の近代音楽は主にドイツ音楽を中心に「輸入」されたために
ドイツリートとよく似ている所があります。

どんな日本の歌手よりも、ヘフリガーの歌から
日本歌曲の抒情が伝わるのはなぜなのだろうか?

ドイツ語で歌っているのに、これは不思議な事だ・・・・。





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マーガレット・レン・タン (2007/08/10)

アート・オブ・トイピアノ マーガレット・レン・タンの世界 [DVD]アート・オブ・トイピアノ マーガレット・レン・タンの世界 [DVD]
(2007/06/29)
マーガレットレンタン、ジョージクラム、ジョンケージ、ジャスパージョンズ、佐藤聡明、ゲガンル、タンドゥン、ジョーンラバーバラ、ロイスVヴィアーク、ラファエルモステル、トビートワイニング

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センスがある奏者に特殊奏法をやらせると、
こんなにも特殊奏法から美しい響き、美しい音楽が生み出されるもので
あったことを今さらながら実感させる。

ケージの作品がこんなに美しいものであったことを、
改めて再認識しました!!!


レン・タンの演奏している姿は、
内田 光子を更にヤバく凶暴にしたようでコワイです・・・。

そういうオバサンが玩具のピアノから、驚くべき音楽を奏でる。

童心に還ったようていて、どこか懐かしく、
そして信じ難いほどの哀しげで美しい音楽なのだ・・・・

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バッハ:ゴルトベルク変奏曲  西山まりえ (2007/06/19)
ゴルトベルク変奏曲BWV988 [西山まりえバッハ・エディション1]ゴルトベルク変奏曲BWV988 [西山まりえバッハ・エディション1]
(2007/05/21)
西山まりえ

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こんなに嬉しくなるゴールドベルグ変奏曲を
聴くのは久しぶりです!!

さそう あきら さんのジャケットからして、
中に入っている演奏がどのような音楽なのか、
本質を見抜いた素晴らしいジャケットです。

ジャケットはこちらを・・・


軽やかで柔軟性のある、思い切ったテンポルバート。
何よりも自分の感じた通りに弾いている所が、潔くていい。

聖典を読むかのように畏まった所が何処にも無い。
こういう自然体な演奏は今までなかったのではないだろうか?


Marie*rism
チェンバロ&ヒストリカルハープ奏者西山まりえファンサイト

http://www.geocities.jp/marierism/


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Masters of the French Piano Tradition (2007/05/25)
Masters of the French Piano TraditionMasters of the French Piano Tradition
(2006/10/31)
Hector Berlioz、

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soge 様から頂いきました。
有り難うございます。m(_ _)m

かつての19世紀の演奏家はどのような演奏をしていたのか?
実は文字通りの生き証人がその最晩年に録音しています。

フランシス・プランテ。

最晩年の90歳に吹き込んだとは信じ難いほど、
老化など全く感じさせない演奏です。
それにしても何と美しい響きなのだろうか!!

昔の演奏家が楽譜を歪めているなどというのは嘘です。
むしろここにあるのは音楽への畏敬と帰依です。

プランテ以外にも、ディエメや、
サンサーンスの自作自演なども収録されています。
19世紀から20世紀初頭のフランスのピアニスト達は
どのような演奏をしていたのか、伺い知る貴重な証言であります。

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The Art of Marcel Dupre: Improvisations (2007/05/25)
The Art of Marcel Dupr?: ImprovisationsThe Art of Marcel Dupre: Improvisations
(2001/04/10)
Johann Sebastian Bach、

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マルセル・デュプレの最晩年の即興演奏。

かつて私はオルガンはシュヴァイツァーの弾く、
バッハのコラール前奏曲さえ聴いていればいいと思っていたけれど、
このマルセル・デュプレの即興演奏はそのような偏狭な私の考えを
改めさせ、反省させた1枚です。

全生涯を回想するような二重フーガは、
あたかも紅茶に浸したマドレーヌの味がする・・・。


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