music diary


2005年03月分
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レオニード・クロイツァー 音楽の遺産 (2005/03/20)
2005年 3月 20日 日曜日 晴れ

昔、レオニード・クロイツァーというピアニストがいまして、
ナチの迫害から日本に逃れてきた関係もあって日本録音がいくつか残っています。

ケン・レコードから「レオニード・クロイツァー 音楽の遺産」というシリーズでリリースされています。
ラフマニノフのピアノ協奏曲の第2番と、ショパンの前奏曲が入っているCDを購入して聴きました。

ラフマニノフの2番とショパンの前奏曲を聴きましたが、本当に目頭が熱くなるような演奏です!!!
特にラフマニノフの2番!!! 彼の十八番中の十八番だっただけのことはあります・・・。
遠い異国を思いながら、懐かしみながら、弾いているのが分かる・・・

録音状態が今一つなのが悔まれます・・・。
それでもよくぞ残っていてくれた!!!

ショパンの澄み切ったタッチと洞察力の深さは、どうしてこれほど弾ける人が、
あの当時の日本なんかに永住してしまったのだろうかと不思議に思います。
もし日本に永住していなかったら、彼は間違いなくもっと世界的に活躍出来た。
キャリア的にも、世界のどこに行っても一流のピアノ奏者として名声を獲得出来たはずだ。
今のように日本の楽壇の大恩人として一部の人にのみ知られるのではなく、
おそらく偉大なピアニストとして、世界中にもっとその名を知られていたに違いない。

でも、1930年代の日本というどう考えても音楽の後進国へ永住する事を選択した。
この事はピアニストとしてのクロイツァーにとってはどうかは分からないけど、
日本楽壇にとって非常に幸運な事だった。
輝かしいキャリアを棒に振って日本に来てくれたようなものです。

日本に永住を決心してくれた事に深く感謝したい・・・。
それは、バレエにおけるパブロヴァ親子(エリアナ、ナタリア、ナデジタ)や、
オリガ・サファイアと並ぶ偉業であった!!!

今までのキャリアを捨ててまでも、西洋文化における後進国であった当時の日本に、
どのような魅力あったのだろうか?
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グラドゥス・アド・パルナッスム博士 (2005/03/19)

最近、ドビュッシーの子どもの領分のグラドゥス・アド・パルナッスム博士を練習していますが、うまく十六分音符の粒が揃わない。
それにしてもペダルの使い方が実に難しいです・・・・

そういえば、ドビュッシーの原典版にはペダル指示が記載されていないのですが、これは別にペダルを踏むなという事ではなく、その反対にドビュッシー自身が望んでいる微妙なペダリングをいちいち書いてられない・・・・という事情があるんだそうです。

フォルテ出すよりピアニッシモを出す方が、神経と筋肉を使います。何度も繰り返し弾いているけど、良いやり方が見つからない・・・。
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