music diary


2009年09月分
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モーツァルトの地獄 (2009/09/26)
モーツァルト:ピアノ協奏曲第22番、交響曲第40番 エリック・ハイドシェック(P)、ヘルベルトー・ケーゲル指揮ライプツィヒ放送交響楽団(MDR交響楽団)モーツァルト:ピアノ協奏曲第22番、交響曲第40番 エリック・ハイドシェック(P)、ヘルベルトー・ケーゲル指揮ライプツィヒ放送交響楽団(MDR交響楽団)
(2009/02/04)
モーツァルト、

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モーツァルトというと、癒しの音楽であり貴族のための心地よい音楽というのが、
人口に膾炙されたモーツァルトの音楽に対する大衆のイメージであるらしい。

当時、モーツァルトがイタリア人で無いがゆえに事にどれほど差別され、世渡りが下手なばっかりにどれほど苦しんだか、さらにいえば斬新な試みをするものだから全く聴衆は付いていく事が出来なかったとか、書いていたらきりがないほどの生きる事の哀しみを背負っていた。

そういう事は全く関係なく、そんな事にお構い無しで、癒しのモーツァルトとか、そういう語られ方をしてしまう。
本当にクラシック音楽を心から愛する人間がその事を深く悲しんでいようとなんだろうと、
消費財としてモーツァルトの音楽はBGMとして消費されている。
モーツァルトの交響曲第40番の有名な冒頭など、その最たるものだ。

しかしモーツァルト同様に死に取り憑かれてしまっていたケーゲルという指揮者は、モーツァルトの作品に内在する生きていく事の深い悲しみと苦悩を、この曲を録音した他のどんな指揮者よりも理解し、共感し、共に生きたのではないか?
そんな想像をさせてしまうほど、晩年のモーツァルトのシリアスな書法を見事なまでに抉り出してしまう。

同様にハイドシェックとの協奏曲に於いても決して甘くならない。
ここには赤いチョッキを着たモーツァルトではなく、地獄を背負った死を背負い続けたモーツァルトの真実の姿がある。

                                                               
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