music diary


classical
スポンサーサイト (--/--/--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/?overture" target="_new










ルドルフ・ゼルキンのショパン (2007/05/23)
ショパン:24の前奏曲 ショパン:24の前奏曲
ゼルキン(ルドルフ) (2004/11/17)
ソニーミュージックエンタテインメント

詳細を見る



ルドルフ・ゼルキンが遺した数少ないショパン録音。
ずっとお蔵入りになっていた録音を、ソニーが掘り出したものです。

ルドルフ・ゼルキンというとドイツものばかり弾いている印象を
持っているけど、実はコンサートでは良く取上げられているんですね?
どうしてお蔵入りしたのか?

彼の完全主義からすると、こうも心の動きがそのまま現れている事への
照れ臭さがあったのでは無いだろうかという気がします。

ここには感傷的な素振りは何処にもない。
音楽の真実に迫ろうとする強い意志と信念と、
感情が、詩心が羽ばたいている・・・

スタジオ録音というと、
人間臭さを除去し作品そのものを浮き彫りにする傾向が
強くなるものです。

しかしこの演奏はゼルキン自身の呼吸と、
心の動きが、そのまま捉えられています。

ショパンの苦悩と絶望と、
ゼルキンの血肉によって獲得しようとしているのは何なのか、
聴き手は突付けられています。

聴き手は音楽をする現場に居合わせることになります。
音楽とはこういうものでなければならない。


/ トラックバック:0 / コメント:0


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-56.html










カペーSQのSP盤 (2007/05/13)
実は最近、カペーSQのSP盤を購入しました。

ベートーヴェンの14番とラズモの1番、
それとドビュッシーをあるコレクターの方から購入しました。

ただ仏盤と英盤とが混ざっている状態なのが悔やまれますが・・・
いずれも状態は板起こし可能なほど、ミントな状態です。


でも、これでベートーヴェンの14番、15番、ハープ、
ラズモの1番、ドビュッシー、
シューベルトの「死と乙女」が揃いました。

いずれはネット上にupする事を考えていますが、
何時になる事か分りません。

でも、少しづつですが集まっています。


/ トラックバック:0 / コメント:6


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-55.html










The Art of Youra Guller, 1895-1980 (2007/05/05)
The Art of Youra Guller, 1895-1980 The Art of Youra Guller, 1895-1980
Mateo Albeniz、 他 (1992/12/02)
Nimbus

詳細を見る



殆ど録音を遺さなかった、数少ないギュラーの遺言のような演奏。
音と音との間にある沈黙がこれほど雄弁に語る演奏は希有だと思います。

それにしても、何という深遠な響きなんだろうか?
もはやピアノが奏でている音楽ではない!!
存在の深淵から語りかけているような、
そういう音楽です。

どの演奏もこれ以上の演奏は考え難いけれども、
その中でも特にバッハは他の誰の演奏も彼女には敵わない。
ただ一言、至高とだけ言っておきます。




/ トラックバック:0 / コメント:6


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-51.html










それは挑発的で爽快な体験。 (2007/01/05)
J.S.バッハ:ブランデルブルク協奏曲(全曲) J.S.バッハ:ブランデルブルク協奏曲(全曲)
ゲーベル(ラインハルト) (2000/05/24)
ユニバーサルクラシック
詳細を見る



今改めて聴くと、昔の楽器や奏法を再現していると
称しながらも、
実は古楽という衣を隠れ蓑に、
極めて現代人の生活に根ざした音楽を
創造している事が良く分かる演奏です。

こんなにスリリングで挑発的なバッハ演奏は、そうは出合えないと思います。

こういう演奏が好きか嫌いかは兎も角として、
これが現代人の生活環境に根ざした演奏であること、
そして我々のフレーズやテンポに対する考え方、
感じ方が大きく変化している事が伺えます。

このフレーズやテンポは、バッハの生きていた当時のものではないと思う。
これは現代人のテンポであり、フレーズなんです。
/ トラックバック:0 / コメント:0


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-50.html










謹賀新年 (2007/01/01)


新年、明けましておめでとうございます。


今年もよろしくお願いいたします。





去年はいろんな演奏に出会えました。
実はここに書いていない演奏も結構あります。

テスタメントから出たカイルベルト指揮の
ヴァーグナーの「ニーベルンゲンの指輪」とか・・・・

演奏も録音も素晴らしい出来栄えであります!!!
確かにアナログでないと伝わらない空気が伝わってきます。
でも1セット9万では、誰にでもう勧める事は出来ないので、
取上げませんでした。
ツィマーマンのシューベルトや、いろいろありました。

今年はどんな演奏に出会えるのでしょうか?


/ トラックバック:0 / コメント:0


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-49.html










Franz Von VECSEY (2006/10/18)
Franz von Vecsey: The Complete Electric Recordings Franz von Vecsey: The Complete Electric Recordings
Guido Agosti、 他 ()
Pearl

この商品の詳細を見る




晩秋に佇み、人生を回顧するような演奏です。
soge 様に勧められてAmazonで購入しました。

なにも特別な事はしていないのだけれども、
音楽の姿が全てを語っている・・・・。
ここには静謐な世界の中で、たった一つ炎があって、
その炎がすべてを照らしている。







/ トラックバック:0 / コメント:0


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-47.html










ショスタコービッチ 弦楽四重奏曲 連続演奏会 (2006/09/25)
昨日から泊まりで、ショスタコービッチの弦楽四重奏曲、
全15曲を3日がかりで聴いております。

とりあえず、昨日、東京に一泊して、やっと自宅に帰りました。
次回は水曜日です。
何とか12番まで聴きました。
正直、言い知れぬ深い疲労感に襲われてしまい、とても辛かった・・・。
どこをどう聴いても、救いも、カタルシスも、出口さえも何もなく、
ひたすらに絶望と恐怖に支配された悲しみばかり・・・・。

「社会主義の負の遺産の証言・告発」という文脈性を抜きにしても、
やはりこの15曲の四重奏は異様なほど、屈折し、重く、苦しい・・・。

作曲者が正直であればあろうとするほど、
世界そのものの歪みを直視せざるを得ない。
これは途轍も無く険しい道であるけれども、
非常に倫理的である。

残り、水曜日、13番から15番まで、
しっかり聴き届けようと思います。


_______________________________


9月27日(水)

19:00 開演

<第一生命ホール5周年記念コンサート クァルテット・ウェンズデイ・スペシャル>
モルゴーア・クァルテット
~ショスターコヴィチ生誕100年記念
ショスターコヴィチ弦楽四重奏団全曲演奏会
【出 演】 ◆モルゴーア・クァルテット
荒井英治/戸澤哲夫(Vn)
小野富士(Va)
藤森亮一(Vc)
【曲 目】 ショスターコヴィチ:
◆弦楽四重奏曲第13番変ロ短調op.138
◆弦楽四重奏曲第14番嬰ヘ長調op.142
◆弦楽四重奏曲第15番ホ短調op.144
【料 金】 ◆¥3,000(一般指定)
◆¥2,200(シニア指定)
◆¥1,000(学生A指定)
◆¥500 (学生B指定)
【問合せ】 TANチケットデスク??03-3532-5702


場所は第一生命ホールです。http://www.dai-ichi-seimei-hall.jp/

/ トラックバック:1 / コメント:0


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-46.html










マラン・マレの横顔3 リュリ氏を偲んで (2006/08/30)
マラン・マレの横顔3 リュリ氏を偲んで マラン・マレの横顔3 リュリ氏を偲んで
マレ、石川かおり 他 (2001/10/24)
ALM records (コジマ録音)

この商品の詳細を見る


そろそろ9月です。
秋が深まると、こういう曲がふと聴きたくなってきます。

西洋型の強い自己主張とは異質な、等身大の演奏がここにある・・・。
このアルバムは極めて日本的な風土によって育まれた演奏だと思う。
爽やかで、繊細で、表現がまとわり付かない。

こういう素晴らしい仕事が、日本から産まれているのは嬉しい事です。

/ トラックバック:0 / コメント:0


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-45.html










A world-renowned violinist is born every 100 years, a Hassid every 200 years (2006/08/03)
Ginette Neveu: The First Recordings/ Josef Hassid: The Complete Recordings Ginette Neveu: The First Recordings/ Josef Hassid: The Complete Recordings
Fritz Kreisler、 他 (1993/10/27)
Testament
この商品の詳細を見る



ヨーゼフ・ハシッドという、ヴァイオリニストをご存知だろうか?

あのクライスラーをして、200年に一度の天才と言わしめたほどの天才であったものの、僅か数年の活動の後、精神を病み、最後にはロボトミー手術の失敗で死んでしまった・・・。

この演奏を聴けば、ハシッドがどれほど恐るべき天才だったのかが、
痛い程よく分かる。


このCDはまた同じく若くして夭折してしまったヌヴーの最初の録音を
一緒にカップリングされている。

ヌヴーのショパンのノクターンを聴いてみよ!!!
いろんな演奏家がこの曲を取上げ、演奏してきたけど、
ヌヴーの演奏ほど、人間が生きていく事の悲しみと孤独を
噛みしめた演奏はない!!!


夭折した演奏家を天才としてやたら祭り上げる事を、私は好まないけど、

ヌヴーといい、ハシッドといい、ここには完全燃焼し続ける生と、
祈りが一貫してある。

ここにある小品集は、表現とか、そういう生易しい事を通り越している・・・。


/ トラックバック:0 / コメント:0


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-44.html










他人からすればどうでも良い事なんだろうけど・・・ (2006/07/30)

他人からすれば、どうでも良いような些細な事だけど、
私はこういうのはちょっとカチンと来るので、
晒しておく。

正直、ムラヴィンスキーをトスカニーニの亜流の扱いをした
馬鹿者より、ヒドイ奴がいた事に驚いている。

ヨーゼフ・ハシッドについて書こうと思っていたら、
こんな発言を見つけた。



5 人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。

天才?, 2006/7/1
レビュアー:    ♪♪♪ "×" (東京都渋谷区) - レビューをすべて見る
ここで聴けるのは、天才として担ぎ出された凡才たちの記録である。
今時、これくらいの演奏は、学生でもやすやすとできる。
録音が古いので、骨董的価値がつき、その骨董的価値と混同して、
くだらない演奏を価値あるものとして褒め称えているのだ。
ハシッドのサラサーテなど、ヨレヨレではないか。

このレビューは参考になりましたか? (このレビューについて報告する)



私からすれば、こういう演奏を骨董的価値としてしか
捉えられないという事そのものが、
既に信じがたいことだけど、
それは感じ方の問題だし、どうでもいい。

http://www.amazon.co.jp/gp/cdp/member-reviews/A3MW6A70JAB5E4
/249-2478580-6026756?ie=UTF8&display=public&page=1

ハシッドを学生並というのであるのなら、
ハシッドどころの騒ぎじゃないほど、
ボウイングに癖のあるボベスコを誉めるような
首尾一貫性のない行動を取ってはいないと信じたい所だ・・・・。

それにしても、私は不思議でならないのは、

どうして、かつてとは比較にならないほど巧い
現代の奏者達のCDを差置いて、

下手糞なカザルスやシゲティやフィッシャーの
バッハをいまだに多くの音楽愛好家達が聴き続けている
のは何故なんでしょうね?

骨董趣味?

でも、それだけで全部説明がつくんでしょうかね?

/ トラックバック:0 / コメント:0


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-106.html










ヨアヒムの伝統(クリングラー弦楽四重奏団) (2006/06/29)
The Joachim Tradition The Joachim Tradition
Ludwig van Beethoven、 他 (1998/10/27)
Testament
この商品の詳細を見る



ヨアヒムの直系にあたる弦楽四重奏団。

特にベートーヴェンの弦楽四重奏曲第12番の
2楽章は筆舌にしがたいほどの境地に到達している。

これを聴かずして、弦楽四重奏は語れない・・・・・。

/ トラックバック:0 / コメント:0


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-43.html










コルトーのシューマン (2006/06/24)
2006年 6月 24日 土曜日 晴天

コルトーのシューマン・ライヴが、グリーンドアから出ています。

フリッチャイとのピアノ協奏曲は、以前にも出ていました。
こちらの演奏はご存知の方もいるかと思いますが、
シューマンのピアノ協奏曲の録音における尤も素晴らしい演奏の一つである事は間違いない。

晩年、コルトーは老いたと謂われているけど、
確かにあの戦争と、戦後のコルトーに対する糾弾は、
コルトーを疲弊させ、精神的外傷の刻印を遺しはした。

しかし、若い頃の演奏より更に音楽は深く呼吸しているのではないか?
より音楽は根源を目指していないのだろうか?

コルトーも見事だけど、フリッチャイの音楽のなんと懐の深い事か!!!
ゆっくり過ぎるように聞えるかも知れないけど、この万感の思いを伝えるには、あのテンポでなければならないのだ!!!


スゼーと共演した「詩人の恋」の詩心の昇華!!!
冒頭の「いと美しき五月」の繊細で色彩豊かな響きはどうであろうか?
この曲のピアノ伴奏に関する限り、私はこの演奏を超える伴奏を知らない!!!
「光り輝く夏の朝に」からして涙に濡れている・・・・

スゼーの天鵞絨のような歌唱といい、リートの1つの理想なのではないか?

私は名盤の定評の高いフィッシャー=ディースカウとデームスが共演したグラモフォン録音の演奏も好きだけど、
こちらの方が私にはしっくりくるのは、私が単にフランス贔屓だというだけではないです。

ここには知性と感性との高度な止揚がある・・・・。

/ トラックバック:0 / コメント:0


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-42.html










リゲティ・エディション 3 (2006/05/09)


リゲティ・エディション3 ピアノのための作品集 リゲティ・エディション3 ピアノのための作品集
エマール(ピエール=ローラン) (1997/12/12)
ソニーミュージックエンタテインメント

この商品の詳細を見る





リゲティのピアノのための練習曲を聴かずして
超絶技巧について語る事なかれ!!!

リズムの難しさと奥深さという点において、
この練習曲は難曲中の難曲として人口に膾炙されています。
それにしても、何と美しい、根源的な響きなのだろうか!!!

エマールのピアノがまた素晴らしいです!!!
楽曲の繊細な性格をしっかり表現している所なんか、
流石です。


続きを読む

/ トラックバック:0 / コメント:0


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-41.html










クラシック音楽は音楽産業から捨てられるだろう。 (2006/04/27)
2006年 4月 27日 木曜日 晴れ

友人と電話で話をしていたら、最近、クラシック音楽のCD売り場が変わったというんです。
新譜の数が激減しているのみならず、旧譜の数も激減している。
しかも同じ商品ばかりが置いてあるという指摘なんです。

これは新譜のみならず、旧譜も大抵の人に行き渡っているということなんです。

クラシック音楽を聴く人なんて、そんなには居ない。

その限られた層の中で、コンスタントにCDを買う人はさらに限られてくる。

おそらく音楽産業は、比較的近い将来、
クラシック音楽に見切りをつけると思う。
いよいよクラシック音楽も音楽産業から捨てられる日が近いようです。
その時に、本当にクラシック音楽が生き残っていけるのか?
本当に生命を持った、生きた音楽足り得るのか?


/ トラックバック:0 / コメント:0


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-40.html










クリングラー弦楽四重奏団  (2006/04/01)
2006年 4月 1日 土曜日 晴れ


今日は、早朝の4時半に起き、神保町の富士レコードに並んで、
ようやく、待望のクリングラー弦楽四重奏団による
ベートーヴェンの12番のカルテットのSP盤を入手!!!

こういう至高の演奏こそ、どうしても手許に置きたいものです。

特に彼らの演奏による第2楽章は、弦楽四重奏という分野の極限です!!!
おそらく、今後あのような演奏は出ないと思います・・・・。



/ トラックバック:0 / コメント:0


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-39.html










M・メイエルのラモー (2006/03/19)
2006年 3月 19日  日曜日 曇り


Rarities of Marcelle Meyer Rarities of Marcelle Meyer
Marcelle Meyer (2004/05/11)
EMI [All429]
この商品の詳細を見る




今までの日記をブログに移動させました。
これで日記が書きやすくなります。
メイエルのラモーをBGMにしながら、作業をしていました。
(何という贅沢!!!)
それにしても、流し聞きで聞いていてさえも、
時折ハッとするように美しい・・・・。

メイエルの演奏は本当に見事です。
近頃では、あまりフランスの古典音楽をピアノで弾く人が少なくなってしまいました。

しかし、クープランやラモーの珠玉の小品をクラヴザン奏者に任せきりにするのは、あまりにも勿体無い。バッハをピアノで弾いて、クープランやラモーを弾きたがらないのは、間違った原典主義でさえある。
聴き込むと、その事が痛いほど思い知らさます。
メイエルの弾くラモーは、どんなクラヴザンよりもクラヴザン的な優雅さと気品の高さを持ち合わせています。
さりげないペダル使用から最大限の効果を引出しています。


/ トラックバック:0 / コメント:0


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-38.html










セントラル・パーク・コンサート (2005/10/07)

セントラル・パーク・コンサートセントラル・パーク・コンサート
(1999/12/08)
アストル・ピアソラ

商品詳細を見る



ノートゥングをジークフリートが粉々にして再生させたように、
ピアソラはタンゴをまったく新しい鋳型に流し込む。

タンゴとは、それは故郷を失った者たちの、
切実な愛への憧れであり断念ではなかったのか?

ここには紛う事なくタンゴが生きている・・・・。

/ トラックバック:0 / コメント:0


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-107.html










ピエトロ・スパダ (2005/07/12)
2005年 7月 12日 日曜日 晴れ


Busoni: Complete Bach Piano Transcriptions, Vol. 1 Busoni: Complete Bach Piano Transcriptions, Vol. 1
(2000/02/15)
Arts

この商品の詳細を見る




Complete Transcriptions for Piano Complete Transcriptions for Piano
(2000/02/15)
Arts

この商品の詳細を見る



久しぶりの更新です。
最近は暑いのでクラシック音楽を聴く気分じゃない。

それでもピアノ曲をよく聴きます。

最晩年のペーター・マークの録音を出しているArtsというレーベルから出ています。
ピエトロ・スパダというイタリアのピアニストによるブゾーニ編曲によるバッハを最近購入して聴いております。フレーズの一つ一つ、これだけ意味深く演奏したバッハにはただただ頭の下がる思いがします。

ブゾーニという人は今では作曲家として知られていますが、実は偉大なピアニストでもありました。
原典主義的に言えば、彼の手による編曲は非常にヴィルトーゾ的で大袈裟なロマン主義のお化けと酷評される。でも、私はこの編曲はバッハの真実が活きていると思う。
なぜならば楽譜を超えたところにある音楽の真実を探求しようとする超人的な意志に支えられているからだ。

シャコンヌというヴァイオリンのために作曲された音楽があります。
冒頭主題からして、ヴァイオリンという楽器の性能と楽譜が要求しているものとが、
激しくぶつかり合っている。
実際、冒頭の重音を、ずらさずに弾くために特殊な弓を発明したものさえいます。

素材とイデーとが、鬩ぎ合いや葛藤を経て、一時的な和解を遂げる・・・。
ブゾーニは、この素材とイデーとの葛藤と和解を、ピアノに編曲する事で再現する。
演奏とはただ単に楽譜に書かれた事を弾くんじゃない。
その背景にある「命」を、「葛藤」を、丸ごと掬い取ろうとする事なのだ。
そのためには、鋭い感性と知性が要求されます。

よく誤解されがちな事ですがロマン主義とは自己陶酔ではなく、実は自己の中に手懐ける事が極めて困難な優れた批評家を自らの内面に抱え込むという必然性を背負っているんです。

事実、優れたピアニストは、優れた批評家でもあった。
この批評する意識こそが、想像力に飛翔する翼を与えるんです。
今の演奏に決定的に欠落しているもの、それは想像力であり、夢を観る力なのだ。

ゲーデをはじめとする芸術家がファウスト博士に拘り続けた事は決して偶然ではない。

/ トラックバック:0 / コメント:7


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-37.html










レオ・シロタ (2005/06/22)
2005年 6月 22日  水曜日 雨

日本音楽界の恩人「レオ・シロタ教授を讃えて」 日本音楽界の恩人「レオ・シロタ教授を讃えて」
(2005/04/28)
インディペンデントレーベル

詳細を見る





日本を愛したユダヤ人ピアニスト レオ・シロタ 日本を愛したユダヤ人ピアニスト レオ・シロタ
山本 尚志 (2004/11)
毎日新聞社

この商品の詳細を見る








このところ、いろいろとあって更新出来ず、申し訳ないです・・・・

レオ・シロタという日本の音楽界の大恩人がいて
その人の3枚組のCDが発売されたので、横浜のHMVで購入。
といっても、二ヶ月ほど前の話。

何よりも日比谷公会堂での演奏会の録音は、その時の演奏がいかに素晴らしい体験なのか、
演奏するという事は一体どういう事なのか、聴き手の生にどのような変容をもたらすものなのか、考えさせられる筈です。

この演奏は19世紀において確立され、そして今では完全にその伝統が途絶えてしまったピアノ芸術の極限だと思います。ここにはブゾーニの精神が継承されている。

真の意味でのヴィルトーゾとはこのような存在であった。

技巧とは心のあり方の現れなんです。
何よりも、演奏とは一つの創造であり、その創造は想像力が必要なのだということ、
そして、今のクラシック音楽にはこの夢を観る力が枯渇している事がよく分かる。


/ トラックバック:0 / コメント:2


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-36.html










マタチッチ、ザグレヴ・フィルの スメタナ「我が祖国」 (2005/04/27)
2005年 4月 27日 水曜日 晴れ

スメタナの我が祖国を聴くにつけ思う。国や民族とはなんだろうか?
人をここまでも揺り動かす力とはなんだろうかと、自問せずにはいられない・・・

最近、友人がマタチッチ、ザグレヴ・フィルによるスメタナの「我が祖国」の素晴らしい演奏があるというので、送ってくれたCDを聴いています。

偉大な祖国の歴史と栄光と悲惨、そして千年王国への希望と夢を万感の思いで叫んでいる!!!
やがてやって来る理想郷を、希望を音楽に託すため・・・・
ヴルタヴァの流れは、語り出す。過去の民族の栄光を、そして悲惨な侵略と戦争を・・・・
フス教徒達が火炙りにされ、土に還ったボヘミアの大地を、英雄達がブラニークの丘からチェコを理想郷にするために立ち上がる希望を!!!

それは間違いなく、クロアチア人の悲痛な叫びでもあった筈だ。
クロアチアの首都であるザグレヴで、マタチッチは何を思ったのだろう?

では冷戦構造が終焉した後、ユーゴは自ら火薬庫に火を付けるだろう・・・・。

あの地獄を知ってしまった後の世代にとって、この演奏は、苦い・・・・。
この演奏は民族の栄光と悲惨を歌い上げる・・・・。それゆえに悲しい・・・・ 。

我々は国民国家を克服する事が出来ずにいる。このヴィジョンが偉大で輝かしいほど、その悲惨を前にして私は涙せずにはいられない。クラシック音楽という国民国家のイデオロギーと密接な共犯関係にある音楽の栄光と悲惨を前にして・・・・。
/ トラックバック:0 / コメント:0


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-35.html










レオニード・クロイツァー 音楽の遺産 (2005/03/20)
2005年 3月 20日 日曜日 晴れ

昔、レオニード・クロイツァーというピアニストがいまして、
ナチの迫害から日本に逃れてきた関係もあって日本録音がいくつか残っています。

ケン・レコードから「レオニード・クロイツァー 音楽の遺産」というシリーズでリリースされています。
ラフマニノフのピアノ協奏曲の第2番と、ショパンの前奏曲が入っているCDを購入して聴きました。

ラフマニノフの2番とショパンの前奏曲を聴きましたが、本当に目頭が熱くなるような演奏です!!!
特にラフマニノフの2番!!! 彼の十八番中の十八番だっただけのことはあります・・・。
遠い異国を思いながら、懐かしみながら、弾いているのが分かる・・・

録音状態が今一つなのが悔まれます・・・。
それでもよくぞ残っていてくれた!!!

ショパンの澄み切ったタッチと洞察力の深さは、どうしてこれほど弾ける人が、
あの当時の日本なんかに永住してしまったのだろうかと不思議に思います。
もし日本に永住していなかったら、彼は間違いなくもっと世界的に活躍出来た。
キャリア的にも、世界のどこに行っても一流のピアノ奏者として名声を獲得出来たはずだ。
今のように日本の楽壇の大恩人として一部の人にのみ知られるのではなく、
おそらく偉大なピアニストとして、世界中にもっとその名を知られていたに違いない。

でも、1930年代の日本というどう考えても音楽の後進国へ永住する事を選択した。
この事はピアニストとしてのクロイツァーにとってはどうかは分からないけど、
日本楽壇にとって非常に幸運な事だった。
輝かしいキャリアを棒に振って日本に来てくれたようなものです。

日本に永住を決心してくれた事に深く感謝したい・・・。
それは、バレエにおけるパブロヴァ親子(エリアナ、ナタリア、ナデジタ)や、
オリガ・サファイアと並ぶ偉業であった!!!

今までのキャリアを捨ててまでも、西洋文化における後進国であった当時の日本に、
どのような魅力あったのだろうか?
/ トラックバック:0 / コメント:10


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-34.html










グラドゥス・アド・パルナッスム博士 (2005/03/19)

最近、ドビュッシーの子どもの領分のグラドゥス・アド・パルナッスム博士を練習していますが、うまく十六分音符の粒が揃わない。
それにしてもペダルの使い方が実に難しいです・・・・

そういえば、ドビュッシーの原典版にはペダル指示が記載されていないのですが、これは別にペダルを踏むなという事ではなく、その反対にドビュッシー自身が望んでいる微妙なペダリングをいちいち書いてられない・・・・という事情があるんだそうです。

フォルテ出すよりピアニッシモを出す方が、神経と筋肉を使います。何度も繰り返し弾いているけど、良いやり方が見つからない・・・。
/ トラックバック:0 / コメント:0


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-109.html










アバドが最近神懸ってきた!!! (アバド、ルツェルン音楽祭のマーラーの「復活」) (2005/01/13)

2005年 1月 13日 木曜日 晴れ


マーラー:交響曲第9番 マーラー:交響曲第9番
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 アバド(クラウディオ) (2002/05/22)
ユニバーサルクラシック
この商品の詳細を見る



マーラー:交響曲第2番 マーラー:交響曲第2番
アバド(クラウディオ) (2004/09/22)
ユニバーサルクラシック
この商品の詳細を見る






とうとう、アバドも真の巨匠への一歩を歩み始めたようです!!!
最近出ているルツェルンでのライヴにしても、BPOとのマーラーの第9にしても、
命を賭けて演奏しているのがひしひしと聴き手に伝わってくる・・・・。
アバドに一体何があったのか?
BPOと録音したマーラーの9番を聴くとわかります。
出だしからして昔の演奏とはまるで別人です。

どんなちょっとしたフレーズにも命の通っていないところなんか何一つとしてないです。
ここにあるのは全力で音楽と格闘し、血と肉によって音楽を創造する音楽家達の必死の叫びだ。
そしてこの叫びはマーラーの音楽の叫びと同質の響きを持っているのではないのか?
衆生達よ、この壮絶な阿鼻叫喚を聴け!!!
ルツェルン音楽祭でのマーラーの「復活」も、
ドビュッシーの「海」も、実に洞察力の鋭い演奏です。
私も友人に勧められて聴くまでは、まったく信じられなかった。

グラモフォンに録音したベートーヴェン全集とは、
まったく比較にならないほどの高みに到達した仕事です。
似ているけど、まったく違う。月とスッポンぐらい違う。
いったいどうしたのか、私にもサッパリわからない。
/ トラックバック:0 / コメント:2


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-33.html










ニューイヤー (2005/01/01)

そういえば今年のニューイヤーは、今までにないことが起きました。
ラデツキー行進曲が演奏されなかった・・・・。

こんな事は前代未聞であります。

あの大津波といい、ろくな1年じゃなかったということでしょうか?
/ トラックバック:0 / コメント:0


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-111.html










我々は何に急き立てられているのでしょうか? (2004/12/26)
2004年 12月 26日 日曜日 晴れ

2004年もあと数日を残すだけです。
思えばいろんな事がありました・・・・。
来年はどんな一年になるんでしょうか?

ベートーヴェンの「第九」は、もはや季語ですが、でもちっともそういう気分になれないです。
半年ぶりにドイツのドレスデンから帰国した友人によると、ドイツ、特にザクセン州は深刻な不況で仕事そのものがないそうです。
日本人の多くはドレスデンに住んでいるドイツ人の何倍も稼いでいるにも関わらず、半年前よりもはるかに街が死んでいるのに驚いていました。不況はドレスデンのほうがはるかに深刻なのに、ドレスデンのほうが活気があるというんですね・・・・。
我々は何に急き立てられているのでしょうか?
/ トラックバック:0 / コメント:0


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-32.html










グイド・アゴスティって何者??? (2004/12/08)
2004年 12月 8日 水曜日 晴れ


Piano Rectital:Debussy/Bach Piano Rectital:Debussy/Bach
Guido Agosti (2001/11/26)
Aura

この商品の詳細を見る



このところ、そんなにCDを買っていないのですが、それでも何枚か取上げたい演奏があります。
実はこの日記で取上げているのは、例外を除いて極力入手しやすいものを中心に取上げるようにしていますが、
CDはすぐに廃盤になってしまうので、取上げてみてもすぐに入手出来なくなるケースがあります。

ところで、Auraというイタリアのライヴ盤を中心に出している、廉価なレーベルがあります。
その中には、素晴らしい掘り出し物があったりします。

今日、紹介するのはそういう一枚。

私もどういう経歴の人なのか解らないのですが、グイド・アゴスティという
イタリアのピアニストによるライヴ盤がでています。
名前も聞いた事が無い人ですが、何となく気になったので買って聴いてみました。
この演奏は思わず唸ってしまいした。
というより、グイド・アゴスティって何者???
こういう人がいることを、今まで知らなかったとは!!!
他の録音も聴いてみたい!!!

たいてい、私がこの演奏は素晴らしいと連絡しても、大抵の場合、聴いて知っていたりするような
超マニアの私の友人でさえ知らなかったほど、知られていないようです。
演奏活動よりも、音楽院でピアノを教えていた人みたいです。
かえって演奏家のほうが知っているかも知れません。
兎も角、只者ではないはずです。見つけたら是非買う事をお勧めします。


/ トラックバック:0 / コメント:10


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-31.html










ハーゲン弦楽四重奏団 (2004/11/09)
2004年 11月 9日 火曜日 晴れ


ベートーヴェン: 弦楽四重奏曲第13番 / モーツァルト:アダージョとフーガ 他 ベートーヴェン: 弦楽四重奏曲第13番 / モーツァルト:アダージョとフーガ 他
ハーゲン弦楽四重奏団 (2002/12/25)
ユニバーサルクラシック

この商品の詳細を見る




ハーゲン弦楽四重奏団のベートーヴェンの大フーガを聴き直しています。自分はどちらかというと戦前の演奏を中心に聴いてきているので、今のカルテットのように弦楽器が人間の声の模倣でないことに対し、ある種の戸惑いがあるんです。それでも、このハーゲンSQの仕事には脱帽せざるをえないです。

すべての贅肉を切り落とし、各声部の流れを明確に聴かせる演奏です。彼らは音楽に陶酔したりはしない。音楽を徹底的に自らと切り離した地点で対象化したところから彼らの演奏は、出発している。だから彼らの音楽はどのような事があっても常に醒めています。彼らにとって鋭角的で激しいフォルテも、繊細なカンタービレも、スコアに書いてある秘密を解読するためにのみ意味を持っている。それ故にかえって我々の気付かなかった作品に内在する尋常ではない狂気や哀しみが、白日の下に晒される。

この手腕の鮮やかさは実に見事なものです。
/ トラックバック:0 / コメント:0


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-30.html










なあママさんのコンサートに行ってきました。(コルンゴルドについて) (2004/09/19)
2004年 9月 19日 日曜日 晴れ

なあママさんのコンサートに行ってきました。
喘息がとても心配だったのですが、それでも無事、本番を乗り切れた事で一安心致しました。
でも何よりも、一刻も早く、回復する事を願っております。

ところで早崎さんのコルンゴルドについての評伝を読ませて頂きましたが、本当に運が悪い人ですね・・・・・。

 コルンゴルドは調性音楽の持つ可能性を極限にまで突き詰めようとしていたという点において、実は20世紀前半という時代が求めていた音楽を具現していたのではないか?シェーンベルグの音楽も、無調だというけれど、それは西洋音楽の和声を極限にまで突き詰めるという意味において、実はより普遍的な調性を追求しようとしていた筈です。コルンゴルドとシェーンベルグは正反対のように捉えられがちですが、実は違った方向からトンネルを掘っていたのではないかと思う事があります。
どちらも20世紀の音楽のあり方を象徴した作曲家だった。
では両者の何が違うのか?

 音楽を構成する素材を脱神話化したという点において、シェーンベルグが切り開いた道は非常に革命的だった。しかし、コルンゴルドには音楽のアウラに対する信頼を生涯持ち続けていた。この点において両者は異なった道を歩んでいる。アウラを自在に操る才能に恵まれたコルンゴルドという才能を、時代が、文化産業が求めた。そしてその要請に応じて、彼は珠玉の音楽を提供していた。しかし第2次世界大戦後、音楽芸術は音楽の徹底したアウラの解体・・・というより数量化を志向した。その背景には、ナチズムとナチズムに象徴されるものが巧妙に利用した神話的なアウラを、数量化によって払拭し忘却したいという願望があったのではないのか?ブーレーズやノーノが、マルクス主義者だったという事は偶然ではないし、ウェーベルンがナチスに魅了された事は偶然ではないと思う。その時流から取り残された生きた化石であるコルンゴルドは、旧時代の廃虚を目撃したものにとって旧時代の唾棄すべき負の遺産に映ったのではなかったのか? 少なくとも、ビーダーマイヤー氏の忌まわしい亡霊に映ったのではなかったのか?そうなると「ワーナーのために作曲している」とかいって、文化産業の奴隷というポジションを与える事で黙殺するのが手っ取り早かった。

 もちろん、そんなことで切り捨てても、我々はナチズムの亡霊に今でも苦しめ続けているわけだし、いまだにセリー音楽によって作曲された大衆音楽を聴いた事が無いというのは非常に興味深い事ではあります。
/ トラックバック:0 / コメント:0


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-29.html










ウィリアム・クリスティ指揮、レザール・フロリサン (2004/09/16)

Concerti Grossi Op 6 Concerti Grossi Op 6
George Frideric Handel、 他 (2003/02/10)
Harmonia Mundi
この商品の詳細を見る





2004年 9月 16日 木曜日 晴れ

仕事の帰りに、横浜のHMVに立ち寄りました。
そこでウィリアム・クリスティ指揮、レザール・フロリサンによる、ヘンデルの合奏協奏曲のCDを購入しました。
昔のスタイルがどうこうというのではなく、とても優雅でセンスが良いんです!!!
ヘンデルの音楽の持つ力強さや生命力が、とても自然にのびのびと発揮された演奏です。何よりも響きがとても美しい!!!
フレスコ画のような透明な色彩です。響きに対する感覚の鋭い古楽の演奏家の中でも、ずば抜けたアンサンブルです。
いたずらに奇を衒った装飾音や奏法で飾り立てたりしない所が、流石です。

ホーレンシュタインが古楽器を使用してバッハのブランデンブルグ協奏曲を録音してから随分と経過しています。古楽のあり方もその間に様変わりしました。昔の楽器や奏法を再現している筈なのに、そこから出てくる音楽は今を生きている現代人の音楽であるというのは実に逆説的であります。その逆説はちょうど、ミケランジェロによるシスティーナ礼拝堂の壁画が長年の煤や埃を洗浄し終えたとき、鮮やかな色彩を目の当たりにして人々が大きく戸惑ったのとよく似ています。古楽とはあの大きな戸惑いから出発しているんです。
そしてその戸惑いに慣れて社会に受容されるということは、その社会においての立場が形成されたという事だと思うんですね。
言換えれば、古楽だと現代人が捉えている演奏が、現代という時代の意味生成の中で機能しているということです。それがどうして、昔の音楽を再現したものであるといえるのだろうか?音楽はそれが奏でられる存在である以上、時代や地域から切り離した地点には存在しないのではないか?古楽復興はただ単に学究的な好奇心によってなされたものではない。古楽復興は徹底した原典主義を主張する事で、かえって原典主義に対する痛烈なアイロニーを含んでいた。

その戸惑いに多くの人々が慣れてしまうということは、それがアイロニーに留まるがゆえに、その奏法が人々に対して衝撃を与えず、毒抜きされ、殺菌された音楽になってしまう宿命を背負っている。では、そういう状況の中からアイロニーから抜け出した音楽を模索する世代も出てくる。クリスティにしても、マンゼ にしてもゲーベルにしても、そういう宿命の中から新しい音楽を創造しようとしています。
/ トラックバック:0 / コメント:0


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-28.html










ナタリー・シュトッツマンのシューベルト「冬の旅」 (2004/08/27)

Schubert: Winterreise Schubert: Winterreise
(2004/08/10)
Calliope

この商品の詳細を見る






2004年 8月 27日 金曜日 曇り

この所、仕事がやたら忙しくなってしまって、1週間前に購入したCDを、
ようやく聴いているという有り様です。

ナタリー・シュトッツマンというコントラルト歌手によるシューベルトの冬の旅を、聴きました。
この曲は殆ど女性によっては、歌われる事が無い歌曲ですが、
それでもごく稀に非常に意欲的な歌手が挑戦してます。
エレナ・ゲルハルトやロッテ・レーマンがそうです。

久しぶりにいいリートを聴きました!!!
灰色の空、冬の寒さ、凍りついた川、荒涼とした冬・・・・。
言葉に表現出来ない心象風景を、言葉によって語ろうとするのではなく、
じわじわと心に染み入るように歌う。それはシューベルトの音楽の恐ろしい地獄を、
そっと覗き込むような演奏です。
確かにホッターにリートを習っていただけはあります。

インゲル・ゼーデルグレンのピアノが、また素晴らしい!!!
この演奏の素晴らしさの半分は彼女の作品に対する鋭い洞察力と、
想像力溢れる表情豊かな演奏にあります。
こんなに息の合った伴奏は滅多に聴けるものではありません。

できれば、他のリートも聴きたいですね?
たとえばヴォルフとか、シューマンとか・・・・。

こんなに息の合った共演はなかなか出来るものではないです。
音楽ヘの心からの共感と洞察力の深さが無いと、こうは弾けないです。
/ トラックバック:0 / コメント:0


この記事のURL: http://classicalmusic.blog58.fc2.com/blog-entry-27.html










music diary
© ざらすとろ 2017. (http://classicalmusic.blog58.fc2.com/)

/
This BlogTemplate's origin was written by Tamico.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。